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秋田地方裁判所 昭和58年(ワ)51号 判決

原告

土門富男

被告

吉野清

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇五七万二一七七円およびこれに対する昭和五五年一二月三日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを四分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  第一項は仮りに執行できる。

事実

(申立)

第一原告

一  被告は、原告に対し、金三二三一万八五二円およびこれに対する昭和五五年一二月三日から右支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二被告

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

(主張)

第一請求原因

一  事故の発生・責任

1 原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 日時 昭和五五年一二月二日午後九時三二分ころ

(二) 場所 神奈川県川崎市幸区南幸町三丁目一九番地先路上

(三) 事故発生場所の状況

現場は、県道川崎・町田線で、歩車道の区別がある。車道は片側二車線、その部分だけで六メートル、車道両側で道幅は一二メートルある。道路の両側には、一般民家・商店等が建ち並んでいる。また交通規制として最高速度が時速四〇キロメートルに制限されている。

(四) 事故区分 横断歩行中の原告に、加害車が衝突した。

(五) 加害車 自家用普通乗用自動車(横浜五九た五四五一)、運転者は被告。

(六) 被害内容

(1) 被害者 原告

(2) 性別・年令 男性三〇歳。

(3) 職業 塗装工

(4) 傷害の部位・程度

頭部外傷、頭皮挫創、左耳介挫創、左髄液漏、脳挫傷、左腓骨々折、右膝部挫傷、左動眼神経麻痺等

(5) 治療

(イ) 医療法人愛仁会太田総合病院(以下太田病院という)

昭和五五年一二月二日から翌五六年二月一三日まで入院治療(七四日間)その後同年五月二七日までに二日通院

(ロ) 由利組合総合病院(以下由利病院という)

昭和五六年二月二三日から同年三月四日まで入院治療(一〇日間)、以後同年八月一二日まで三日間通院

(6) 後遺症

原告は、昭和五六年八月一二日症状固定の診断を受けた。しかし、左眼は、失明に準ずる傷害を残したほか、左聴力傷害があり、自賠法施行令の後遺障害別等級表でいえば、第七級相当(なお自賠責保険の後遺障害の認定を受けている。)である。

2 責任

被告は、前記加害車を所有して、これを自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づく責任を負担する。

二  損害

1 積極損害 金二四〇万九二八二円

(一) 太田病院治療費 金二〇九万八四八二円

(二) 入院治療中の付添費 金二五万二〇〇〇円(金三〇〇〇円×八四)

(三) 入院諸雑費 金五万八八〇〇円(金七〇〇円×八四)

2 消極損害 金三七六一万九三四七円

(一) 休業損害 金一五〇万七五七二円

(1) 休業期間 昭和五五年一二月三日から翌五六年五月二七日まで(一七六日)

(2) 年収 金三一二万六五〇〇円(昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表「産業計金労働者」の三〇歳から三四歳の平均賃金=原告は、事故時実際にはそれ以上の収入があつた。)

(3,126,500×176/365=1,507,572)

(二) 逸失利益 金三六一一万一七七五円

(1) 事故時年齢 三〇歳

(2) 労働能力喪失率 五六パーセント

(3) 右喪失の期間 三七年(ホフマン係数二〇・六二五四)

(3,126,500×56/100×20.6254=36,111,775)

3 慰藉料 金七七〇万円

4 損害の填補 合計 金一〇六五万八四八二円

(一) 被告から 金二二九万八四八二円

(二) 自賠責保険から 金八三六万円

5 残額 金二九九一万八五二円

本件事故については、原告側にも過失があり、一五パーセントの過失相殺を自認する。そうすると損害総額は、金四〇五六万九三三四円となるところ、右から4の填補分を差引くと、残額は金二九九一万八五二円となる。

6 弁護士費用 金二四〇万円

7 合計 金三二三一万八五二円

三  結論

よつて、原告は、被告に対し、金三二三一万八五二円およびこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年一二月三日から右支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第二請求原因に対する認否

一1  請求原因一項1のうち、冒頭の主張ならびに(一)ないし(五)、(六)の(1)、(2)および(6)の第七級の後遺症の認定(但し合併によるもの)の各事実は認める。治療の詳細等その余は不知。

なお事故現場付近は、深夜の一定時間帯を除き車両の通行は、極めて頻繁なところである。

2  同2は認める。

二  同二項はすべて争う。

1(一) もつとも(一)の治療費は認める。

(二) 同(二)の入院付添費については、太田病院は完全看護であつて、その必要はなかつた。

(三) 同(三)の入院雑費は、一日金六〇〇円が相当であり、太田病院、由利病院合わせて、八四日分合計金五万四〇〇円とするのが相当である。

2(一) 同2(一)の休業損害については、事故当日から昭和五六年三月四日に由利病院を退院するまでが、実質的治療期間である。その間九三日間が休業期間である。そうすると休業損害は金七九万五八〇一円となる。

原告は、昭和五六年五月二七日までの休業損害を求めているが、同年三月四日から右同日まで二回通院しているのみである。

(二) 同(二)の逸失利益については、労働能力の喪失は将来に向かつて少しづつ回復して行くとみるべきである。今後二五年間にわたり、四〇パーセントの率で補償するのが相当である。なお長期間であるので、ライプニツツ係数を使用すべきである。右により計算すると、その金額は、金一七六〇万九四八二円となる。

3 同3の慰藉料は、入院八〇日、通院九日間として、金八〇一〇円。さらに後遺症分として、金五八五万二〇〇〇円が相当である。

4 同4の既払分は認める。

5 同5ないし7は争う。

三  同三項は争う。

第三抗弁

本件事故については、原告にも重大な過失がある。すなわち、前記道路状況の下、近くにある横断歩道を渡らず、しかも夜間で見通しが悪いのに、左右の安全確認を充分しないままに無謀な横断をした。本件事故により原告の蒙つた損害中被告の負担すべき分については、少くとも三〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

第四抗弁についての認否

否認もしくは争う。もつとも原告にも過失があつたこと自体は争わない。被告主張の横断歩道は、衝突地点から約六・七〇メートル離れている。しかも原告の過失の減殺要素として、加害車の前方を走行していた大型車は、原告を発見して停止しているが、被告は、制限速度に倍する時速八〇キロメートルの高速で、右大型車を追い抜こうとして本件事故に至つたことも考慮されるべきである。

(証拠関係)

本件訴訟記録中の当該欄記載のとおりなので、それをここに引用する。

理由

一  請求原因一項1の冒頭の事実、同1の(一)ないし(五)、同(六)の(1)、(2)の各事実ならびに同2の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告の傷害の程度、治療の実状につき判断する。いずれも成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第三二、三三号証、乙第一ないし第五号証、弁論の全趣旨を総合すると、請求原因一項1(六)の(4)、(5)の各事実(後遺症の点は別として、傷害の治療については原告の主張するとおり)を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  そこで以下損害の点につき判断する。

1(一)  治療費 金二〇九万八四八二円

請求原因二1の(一)の太田病院の治療費金二〇九万八四八二円については、当事者間に争いがない。

(二)  入院付添費

同(二)の太田病院の入院付添費については、原告本人尋問の結果によると、右病院は完全看護であつて、原告において付添費を支出していないことが認められる。また由利病院については、前記甲第三二、三三号証に右本人尋問の結果を総合すると、同病院の入院は主に検査のための入院であり、付添看護が必要であつたとは認められない。

(三)  入院諸雑費 金五万八八〇〇円

前認定の事実によると、原告は前記両病院に合計八四日間入院して治療を受けたことが認められる。右入院中の諸雑費は一日金七〇〇円とするのが相当であるから、入院諸雑費の合計は金五万八八〇〇円となる。

2(一)  休業損害 金一五〇万七五七二円

前記争いのない事実、前記甲第一ないし第三号証、第三二、三三号証、乙第一ないし第五号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、昭和五六年三月四日に由利病院を退院後、さらに同年五月二七日まで、二回太田病院に通院、同日付で症状固定の診断を受けていること、それによると本件事故による後遺症として特に両眼視機能を廃絶したため立体視ができなくなり、原告としては従前のような塗装の仕事に従事できず、現実にも少くとも右五月二七日まで仕事に従事できなかつたこと、そして事故当時原告は少くとも、その主張するとおり年収金三一二万六五〇〇円は得ていたものと認められる。

そうすると休業損害は、原告の計算式どおり少なくとも金一五〇万七五七二円となる。

(二)  逸失利益 金二六一二万三四七〇円

(1) 前記争いのない事実、前2(一)冒頭掲記の各証拠によると、原告は、本件事故により、頭部外傷、左髄液耳漏、脳挫傷、左腓骨々折等の傷害を受け、前記のとおり治療を受けたが、次のような後遺障害を残している。

〈1〉動眼神経麻痺のため眼位が四五度以上外斜、左眼の眼球運動については外転しかできず、左瞳孔は散大し、さらに右動眼神経の障害による上眼瞼挙筋の麻痺のため、眼瞼は下垂したままである。そのため視力として右〇・一、左〇・〇二は保持しているものの、両眼視機能を廃絶、立体視できず、片眼をおおつて生活している(正面視で複眼を生ずる。)。片眼を失明したのと同様である。(2)右耳に混合性難聴、左耳に感音性難聴が残る。(3)脳波検査は正常の所見であるが、CT検査の結果では、左前頭葉に低吸収域を認め、脳挫傷の所見に加えて、軽度ではあるが脳委縮所見が認められる。神経症状としては、頭痛、頭重、項頸部痛等が残つている。

(2) 右のような後遺障害を考えてみると、現段階での労働能力喪失率は少くとも五六パーセントとみるのが相当である(そのこと自体は被告も争わない趣旨と解せられる。)。ところで右各障害のうち視力障害等は将来まつたく回復の見込みはないが、神経障害等については改善の見込みがないわけではない。前認定の神経症状、CT検査の所見、本件事故の態様(前認定の事実のほか、いずれも成立に争いのない甲第五号証、第八号証、第一〇ないし第一四号証、第三一号証から認められる、加害車は被害者である原告に激突したものであつて、原告の傷害も頻死の重傷というべきであること、また前認定のとおり特に傷害の部位、程度等からいつて重篤で長期間継続する後遺症状、神経症状が残つても不思議ではない。)などをも考慮し、結局前記症状固定後六七歳まで三七年間、平均して五〇パーセントの労働能力を喪失したものと認める。そして前認定のとおり原告は年収少くとも金三一二万六五〇〇円を得ていたものと認められるから、三七年に対応するライプニツツ係数(原告のように現場、それも危険な現場で作業する職に従事するものは、三〇歳から三四歳というのは高額の収入を得られるころである)一六・七一一を用いて計算すると、その逸失利益は金二六一二万三四七〇円となる。

3  慰藉料 金七〇〇万円

前記本件交通事故の態様、傷害の部位、程度、治療の実状、後遺症の実態、その他原告本人尋問によつて認められる本件事故により原告の蒙つた種々の精神的、肉体的影響等諸般の事情を考慮すると、本件事故によつて原告の受けた精神的苦痛を慰藉するための金額は、金七〇〇万円(入通院分金一〇〇万円、後遺症分金六〇〇万円)が相当である。

4  以上損害合計 金三六七八万八三二四円

四  過失相殺

1  前記争いのない事実(特に道路の状況)、前記甲第五号証、第八号証、第一〇ないし第一五号証、第三一号証、原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場付近の道路は、県道川崎・町田線で、国鉄川崎駅に近く、事故当時の時間帯でも車両の通行は頻繁である。右道路には、歩車道の区別があり、車道部分は、片側二車線、その部分の幅六メートル、車道全体としては、幅一二メートルある。歩道は両側とも幅五メートルで、一般民家、商店等が立並び、車道との間にはガードフエンスも張られている。現場付近は直線道路で見通しは良く、アスフアルト舗装され、平坦である。歩道上の車道寄りには街路灯も設置され、当時点灯されていた。事故現場付近から最寄りの横断歩道まで六〇メートル以上は離れている。

交通規則としては、神奈川県公安委員会により時速四〇キロメートルに制限され、終日駐車禁止、転回禁止の指定がなされている。

事故当時雨は降つていなかつたが、少なくとも加害車進行方向は、それ以前の降雨により、路面が濡れていた。

(二)  一方原告は、事故当日仕事終了後仕事の仲間達と午後六時ころから日本酒約三合位を飲み、一人先に帰ろうとして、午後九時三二分ころ現場付近にさしかかり、川崎市幸区柳町方面から同区南幸町方面に向けて、前記道路を横断しようとし、ガードフエンスの切れ目から道路にはいつた。手前の車線はちようど車の流れが途切れたところであつたが、原告は、反対側車線上に加害車に先行して走行して来る大型貨物自動車を発見していた。しかしその直前を横断できると思い、小走りに横断にかかつたところ、中央寄りの車線を走つていた右大型車は急ブレーキをかけ、原告まで充分の距離をとつて停止した。原告は、そのまま横断を続け、歩道寄りの車線を走行してきた加害車にはねられた。

(三)  一方被告は、加速性の高い普通乗用自動車(ダツトサンE―P九一〇型、いわゆるブルバード・ハードトツプ、3Sターボ・一八〇〇CC)を運転して、尻手方面から川崎駅西口方面へ向けて進行し、事故現場付近にさしかかつた。右加害車の先方を前記大型車がゆつくり進行していたので、車線を歩道寄り(第一車線)に変更し、加速してこれを追い抜こうとした。そして約七〇メートル位手前で横断しようとしている原告に気がついたが、そのまま時速八〇キロメートル以上の速度で進行した。ところが、右前方約一五メートルのところを走行していた前記大型車が急ブレーキ(衝突地点の約三五メートル手前)をかけたのを発見し被告もあわててブレーキを踏んだが、速度の出しすぎと路面が濡れていたため、原告の前で停止することができず、スリツプしたまま、加害車の左前照灯のあたりで原告をはねあげ、フロントガラス上に落とし、右ガラスは大破し、一方原告は衝突地点から約一五メートル位前方の路上に落ちた。

2  以上1(一)ないし(三)の事実によると、原告側には、主に、車両の交通量の多い道路の横断歩道でない部分をしかも酒に酔つて夜間、安全を充分に確認しないまま無理に横断しようとした点に過失があるが、一方被告側にも、主として、夜間、路面の濡れている道路、しかも市街地で時速四〇キロメートルに制限されているのに、時速八〇キロメートル以上に加速して走行するという過失(現に通常の走行をしていた大型車は急ブレーキはかけたが、かなり手前で停止した。)があり、その他右1認定の諸事実を勘案すると、その過失割合は、原告側二〇パーセント被告側八〇パーセントとみるのが相当である。

3  前記損害を、右割合で過失相殺をすると、被告の負担すべき損害額は、金二九四三万六五九円となる。

五1  損害の填補

原告が自賠責保険等から損害の填補として、これまでに金一〇六五万八四八二円を受領していることは当事者間に争いがない。前記損害から右金額を控除すると、残額は金一八七七万二一七七円となる。

2  弁護士費用

本件事案の態様、前記認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は金一八〇万円(訴訟委任時、訴訟終了時に払われることを考慮して事故発生からそれまでの利息相当分を割引いても)が相当である。

3  残総損害 金二〇五七万二一七七円

六  むすび

そうすると、原告の請求のうち金二〇五七万二一七七円とこれに対する本件事故発生の翌日である昭和五五年一二月三日から右支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木経夫)

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